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東京高等裁判所 昭和47年(う)650号 判決 1974年4月18日

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

<前略>

一控訴趣意のうち訴訟手続の法令(憲法を含む。)違反の点について。

所論にかんがみ記録を精査し、当審における事実取調の結果に徴しても、原審の訴訟手続に所論のような法令違反があり、これが所論のように憲法一一条ないし一三条、三一条、三七条などに違反するとは考えられない。以下主な論点につきその理由を述べる。

まず記録により、原審の審理経過をたどつてみると、つぎの諸状況が認められる。すなわち、

(一)、昭和四五年七月一一日開かれた第一回公判期日に、被告人ら四名を含む一二名に対する本件各公務執行妨害、兇器準備集合被告事件について、これらを併合して審理する旨の決定がされ、爾来翌四六年一二月二五日の判決宣告期日まで一四回にわたり公判が開かれた、

(二)、被告人らは、昭和四五年のいわゆる一〇、一一月闘争関連事件で起訴されたものであるが、そのころ同じ事件で起訴された総数約一、〇七〇名のうちの約五五〇名および私選弁護人十数名とともに、いわゆる統一公判を要求してこれ以外の審理には絶対に応じられないという強硬な態度をとり、東京地裁に対し、そのための統一折衝を申し入れていた、

(三)、これに対し同地裁は、右の要求を容れず、訴因の類似する被告人十数名前後の弁論を併合するにとどめる、いわゆるグループ別審理方式を採用し、原審は、この方式に則り配点された事件について前記(一)のとおり審理した、

(四)、その間公判開始直前に、私選弁護人全員が裁判所の措置を不当として辞任したため、第一回公判期日に出頭した被告人全員は、統一公判などを要求して開廷に反対したが、原審は、検察官の提出した被告人らの顔写真によつてその同一性を確認して人定質問にかえたものの、実質審理には入らなかつた。

(五)、その後原審は、昭和四五年八月一一日付で全被告人に「被告人諸君へ」と題する書簡を発送し、被告人らの主張する統一公判が適当でないことをるる説明し、グループ別審理方式によつても事件の歴史的・社会的背景・意味などの解明は十分可能であるとして審理に応じるよう説得するという異例の措置をとり、被告人らの請求により国選弁護人三名を選任して、翌四六年二月一五日第二回公判期日を開くに至つた、

(六)、しかし被告人らは、その日も開廷直後から口々に統一公判を要求して公判期日の変更を請求し、裁判長の発言禁止命令等に従わなかつたため、起訴状朗読の始まる前までには結局全員が退廷を命ぜられ、被告人ら不在のうちに起訴状の朗読、黙秘権の告知などがされ、弁護人に対して事件に対する陳述の機会が与えられ、その間裁判長から前記グループ別審理方式は、裁判所が被告人らの意見も参考に種々の条件を検討したうえで慎重に下した決定であるから、これを尊重されたい旨の説示がされた。なお右公判前から弁護人らは、他のグループの国選弁護人八四名とともに東京地裁に対しいわゆる代表者法廷案を提示して、同地裁との間に統一折衝を求めており、右期日にも同じ要望をしたが、裁判長は前記の趣旨を明らかにしてこれを拒否した、

(七)、ついで昭和四六年三月四日に開かれた第三回公判でも、裁判長は、弁護人の要請により重ねてグループ別審理方式を採用した趣旨を説明し、これが原審の最終的判断であり、変更の余地のないこと、したがつて、今後この方式を前提としない発言は一切許さないことを言明したが、その後も被告人らは、開廷日ごとに統一公判等の要求をくり返して、裁判所の訴訟指揮に従わず、審理を拒否・妨害する態度に出た、このため原審では、かような態度に出た被告人らを退廷させて審理を進めざるをえなかつた、

(八)、また各開廷日ごとに、傍聴人の一部が勝手に発言などして審理を妨害したため、これらのものに対しても、退廷・拘束等が命じられた、

(九)、その間、本件の弁護人前島、高田両名から国選弁護人辞任届、国選弁護人解任申請がそれぞれ提出され、原審はこれを認めなかつたが、再三の出廷要請に応じなかつたため、昭和四六年一〇月国選弁護人を追加選任した、

などの事実が認められるのである。そこで右の経過を踏まえて、各論旨を検討する。

(一)  グループ別審理方式の違法を主張する点について、

現行憲法が個人人格の尊重を基礎に、特に思想・言論・結社の自由など基本的人権の保障に留意していること、その理想を受けついだ現行刑法が、罪刑法定主義・構成要件論など近代刑法の遺産を背景に、特に個人の具体的行為を重視する個人責任の原理に立脚していることはいうまでもない。したがつてまた、これらを前提にするわが刑事裁判も、起訴状一本主義、訴因の明確化、伝聞証拠禁止の原則などを内包する厳正な刑訴法・規則にのつとり、各被告人ごとに、訴因として掲げられた特定の犯罪事実につき、その存否・態様、さらにはその違法性・責任性の有無・程度などを慎重に判断し、有罪と認められる場合に初めて法に従つて適正な刑罰を科する建前に立つているのである。このように憲法・刑法・刑訴法が刑事裁判に対し慎重な態度を要求しているのは、これなしには、憲法の期待する基本的人権の保障も、画餅に帰するおそれがあると考えたからである。ただ同時にこの際忘れてならないことは、どのような思想・信条も、それが具体的行為として外部にあらわれ、他に累を及ぼすものとならないかぎり、処罰の対象にされる余地はないが、どのような思想・信条のもち主でも、その行為が法に触れるときは、これについて違法性阻却・責任性阻却などの事由がないかぎり、それ相応の責任を免れることはできないということ、目的の正当性が必ずしも行為を正当化するとはいえないこと、以上が手続の適正を重視する民主主義およびこれを背景にする現行憲法の基本原理であり、総ての前提であるということである。

このように考えてくると、刑事裁判の対象となるのは、あくまで各個人の具体的行為であつて、その目的・動機・態様は、行為の適法・違法、行為者の責任の有無・程度などを判断するのに必要な限度で考慮されると解するのが相当である。

被告人らが、本件で起訴されている各行為は、一個の集団による共通の目的に向けられた全体行動の一部であり、個々的にその真意をとらえがたいものであると主張している点は、理解できる。しかし、関係被告人全員を集めた統一公判によらなければ適正な審理ができないというのは、明らかに論理の飛躍である。なぜなら現行刑法・刑訴法上は、法人の行為が限られた範囲内で処罰の対象とされる場合以外には、集団あるいはその行為自体を審判の対象にする余地はなく、本件の場合も現にこれに類するような起訴はされていないこと(不告不理の原則)、本件においても関係者各人の行為が集団行動の中に完全に埋没しその独自性を失つているとは考えられないこと、所論のように数百名の被告人の事件を併合して審理することは、法廷の規模、裁判官の認識能力、適正手続の実施、このための法廷秩序維持等の観点からみて、個別的責任の有無・程度を厳正に判断しなければならない刑事裁判の限界をこえていると思われること、グループ別審理方式によつても、被告人らの行為が集団全体との関連においても社会的意味・歴史的意義を明らかにすることは十分可能であり、この点での弁護人の工夫の余地は大きいと考えられること等の事情を慮らなければならないからである。

記録によれば、原審は、右と同趣旨のもとに諸般の事情を考慮し、被告人ら四名をふくむ一二名の事件だけを併合して審理するのが適当であると考え、この観点からその旨の決定を下したうえ、先に明らかにしたように、さらにこれについて被告人・弁護人らの協力を求めるため、法廷でくりかえしその趣旨を説明し、被告人らに異例の書簡を送付する措置さえ講じているのであつて、原審の態度は、懇切丁寧というほかなく、右の決定およびこの実施の過程には、刑訴法三一三条による合目的・合理的裁量の範囲を逸脱した疑いは全くないと認められる。論旨は理由がない。

(二)  事前折衝拒否の違法を主張する点について。

所論のいう事前折衝は、いわゆる一〇、一一月事件で統一公判を要求する約五六〇名の事件の審理方式に関するものであるが、すでに明らかにしたとおり、原審がグループ別審理方式を相当であると考え、その旨の決定を下した以上、訴訟関係人は、異議の申立その他法の認める方法でその効力を争う余地が残されている場合は格別、その決定に従い、許された範囲内で防禦権の行使に努めるのが当然であつて、原審が右と発想を異にする事前折衝に応ずる必要がないと判断し、これを拒否したのは正当である。なお、訴訟の運営につき全責任を負う裁判所が、審理方式などについて決定権を有することはいうまでもなく、これらについて適宜訴訟関係人の意見を徴することは、法律上必要とされていない場合でも相当と認められることが多いが、これらは、労使間の紛争におけるように断じて訴訟関係人との交渉ないし折衝の対象になるものではない。かりにこれらの点について話合いが行われるとしても、問題は、かけひきや妥協によつて解決されるべき性質のものではないのである。被告人・弁護人らにこの点の理解が十分でなく、誤つた前提に立つ主張が多いように思われるのは遺憾である。論旨は理由がない。

(三)  被告人らを退廷させて審理判決したことを違法とする主張について。

原審によつて、グループ別審理方式を採用する旨の決定が下され、もはやこれを変更する意思のないことが表明されたのちの各公判期日にも、被告人らが統一公判以外には絶対に応じられないとの態度を固持し、その都度裁判長の制止を無視して口々に統一公判を要求し、審理を妨害する挙に出たため、退廷を命ぜられたこと、この結果、原審が被告人ら不在の法廷で審理を進めざるをえなかつたことは、前記のとおりである。このような被告人らの態度は、長い歴史と伝統を有し、先進諸国にほぼ共通な現在の裁判制度にまつ向から挑戦し、裁判そのものを拒否するに等しいといつても過言ではない。従つて原審が刑訴法三四一条を発動して被告人ら不在のまま審理を進めたことはやむを得ない措置であつて、何ら違法なことではない。論旨は理由がない。

(四)  その他の主張について。

(1) 前記第一回公判期日の状況に徴すれば、被告人らに対し人定質問を行うことは、きわめて困難な状況にあつたと認められるから、これにかえて、検察官提出の被告人らの顔写真によつてその出頭を確認したことは相当であり、このため資料を提出させたことは、実質的審理にかかわることではなく、何ら「起訴状一本主義」に反するものではない。

(2) 原審の裁判長が第二回公判期日に黙秘権などを告知したことは、すでに明らかにしたとおり、記録上疑う余地がなく、これが、被告人らの退廷を命ぜられたのちの法廷で行われたことも、何らその効力に影響を及ぼすことではない(刑訴法三四一条)。

(3) 昭和四六年四月五日大阪地方裁判所で証人尋問を行う予定であつた原審が、証人不出頭のため尋問をとりやめたこと、従つて本件の関係で拘束命令など発した形跡がないことは、記録上明白である。

(4) 同月一六日原審が仙台地方裁判所石巻支部で証人尋問を行つた際、これに立会つた原審相被告人柏原、庄司の両名が、その尋問に反対する発言をし、裁判長の退廷命令を受けて退廷させられたことは記録上明らかであり、法廷警備員が勝手に命令し、これを強行したものではない。

(5) 国選弁護人は、選任した裁判所が解任しない限り、その身分を失なわないものである。前島弁護人の辞任申出理由は、被告人らの在廷しない法廷での弁護権の行使が不可能であること、被告人らとの間に信頼関係が断絶していることの二点にあると思われ、また高田弁護人からの解任申請は、主として被告人らが統一公判を要求し、正常な審理を受けつけようとしない態度にあると思われ、いずれも理解できないが、記録によれば原審は、諸般の状況から直ちにその申立を容れるのは適当でないと判断したとみられるのであつて、これは裁判所の裁量権に属することで、違法とはいえない。

(6) 弁護人は、被告人が退廷を命ぜられた場合でも、職責上、あくまで法廷にとどまつて被告人のため弁護活動をする義務があり、勝手に退廷することは許されないものと解される。したがつて、被告人らが第三回公判期日に退廷命令を受け、被告人ら不在のまま、審理がすすめられようとした際、これを不当として退廷しようとした弁護人に対し、裁判長が在廷を命じたことは、訴訟指揮権ないし法廷警察権にもとずく当然の措置で、違法なことではない。

(7) 第一一回公判期日に行われた検察官による公訴事実についての釈明は、訴因の変更ではないから、これに準ずる措置をとる必要はない。

(8) 原審がその採用を決定し、変更する余地がないと言明したグループ別審理方式による審理を受けることを前提としない発言を禁止したことは、訴訟進行上やむをえない措置(刑訴法二九五条参照)であつて、何ら防禦権の制限となるものではない。

(9) 原審相被告人池谷、島村の証人尋問請求は、それまでの審理の内容、進み具合等に徴し、必要性がないと判断されたにすぎないと認められ、原審の裁量権の範囲に属することである。

以上のほかにも被告人・弁護人らは、原審の訴訟手続には法令違反があり、これらは、憲法一一条ないし一三条、三一条、三七条などに違反する旨の主張をしているが、いずれも、いわゆる統一公判を絶対に正しいとする前提に立つ主張であつて、この前提が正当と認められない以上、その主張を採用する余地はない。

二、控訴趣意のうち事実誤認および量刑不当の主張について。

所論は、要するに、原審は分割裁判を強行したため、統一公判によつたならば明らかとなつたであろう超法規的違法阻却事由ないし公訴棄却事由が見落された、したがつて原判決にはこの点で事実誤認がある、またかりに有罪であるとしても、これらの点が考慮されなかつたため量刑過重におちいつているなどという。

しかし、原判決のかかげる証拠を総合すれば、原判示各事実を優に認めることができ、記録を精査し、当審における事実取調の結果に徴しても、所論のような違法性阻却ないし滅却事由または公訴棄却事由の存在をうかがわせるような事情は見出されない。また記録によれば、原審が判決言渡の際「量刑の事情」として説示した内容は相当であつて、原判決の量刑が重過ぎるとは考えられない。なお本件においては、被告人らは、統一公判の要求を固執しつづけて、裁判を拒否するに等しい態度に出たため、自ら違法性阻却ないし減却事由または公訴棄却事由の主張・立証をする機会を逸したが、これによる不利益は、かりにあつたとしても、条理上被告人らが甘受すべきものと思われる。論旨はいずれも理由がない。

そこで、刑訴法三九六条に則り、主文のとおり判決する。

(横川敏雄 中島卓児 斎藤精一)

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